こんにちは。
うどん研究者です。
みなさんは遺伝子編集という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
今回の記事ではノーベル賞確実と言われている世紀の大発見、遺伝子編集技術CRISPR-Cas9(クリスパーキャスナイン)についてお話しようと思います。
どれくらいすごい発見かといいますと、Nature誌も2010年代を象徴する生物学・医学の出来事としてiPS細胞による研究技術の躍進とCRISPR-Cas9の発明を挙げています。コチラを参照
iPS細胞は2006年に発見され2012年にはノーベル賞を受賞したことを考えると、CRISPR-Cas9も10年以内には(いずれにせよいつかは必ず取ると思いますが)ノーベル賞を取るのではないでしょうか。
CRISPR-Cas9とは?
CRISPR-Cas9とは簡単にいうと遺伝子という超ミクロなヒモを自由自在にちょきちょき切れちゃうハサミのことです。しかも切ったところに好きな遺伝子の断片を貼り付けてしまうことさえできます。
これによって遺伝子を自由自在に切り貼りできるのです。
つまり人の細胞の遺伝子を自由に編集できちゃうわけです。
CRISPR-Cas9は2012年に発明されましたが、実はこういう遺伝子編集を技術は前からもありました。
しかしCRISPR-Cas9の何がすごいかというと、この編集を初心者でも圧倒的簡単に、高精度にできるというメリットがあります。
これによりまたたく間に世界中に広がり、遺伝子編集がどんな研究者でも簡単にできてしまうという時代に作り変えてしまったのです。
これには様々なメリットがあります。
まずは実験がとてもしやすくなったことです。
例えば、ある遺伝子の働きを調べるには、その遺伝子をCRISPR-Cas9で切り取ってなくしてしまうと細胞にどんな変化が起こるかをみればよいのです。
またある遺伝子を導入することで働きを調べることもできます。
そして当然医学にも応用されようとしています。
たとえば遺伝病のなかにはその患者の子供も同じ遺伝病を発症してしまうことがあります。
あらかじめそれが分かっているなら、その人の卵子や受精卵で原因遺伝子を修復して、子供には正常遺伝子をもたせることができます。
CRISPR-Cas9の原理をやさしく解説
それではいかにしてCRISPR-Cas9が遺伝子を編集するのかを解説していきます。
CRISPR-Cas9にはふたりの登場人物がいます。
ひとりはハサミの役割をするCas9というたんぱく質のことです。
遺伝子の本体とはつまりDNAのことなので、DNAを切断することができます。

もうひとりの登場人物はguideRNA(ガイドRNA)という短いRNAです。

guideRNAは切断したい遺伝子のDNA配列にくっつくようにデザインされています。
するとguideRNAが狙いの遺伝子のところへCas9をガイドしてくれるのです。
guideRNAは目的の遺伝子に応じて自由にデザインすればよいので、遺伝子上の好きなところを狙うことができます。

するとCas9はguideRNAが結合している部分の遺伝子を切断するのです。

すると遺伝子には切れ目ができます。
細胞は遺伝子に切れ目があると非常に問題なので、すぐにそこを修復する生物的な仕組みがあります。
ここで面白いことに、細胞はもともとどんなDNA配列が入っていたかまでは覚えていないので、とりあえず切れ目を埋めるためにテキトーな塩基(DNA)を埋め込むのです。
(詳しく調べたい人はnon-homologous end joiningなどを検索してみて)
すると切れ目はなくなったもののテキトーな塩基が入っているため、遺伝子Aの機能は損なわれてしまうのです。
これがCRISPR-Cas9の「切る」です。
CRISPR-Cas9の「貼る」は、貼り付けたいDNA断片を細胞の中に入れておくことで、Cas9による切断の修復の際に、その切れ目をふさぐのにその断片が用いられ、貼り付けることができるのです。
(詳しく調べたい人はhomologous recombinationなどを検索!)
CRISPRの名前の由来
ここまでの説明を聞いて、勘のいいひとは「あれ、もうひとりの登場人物はCRISPRやなくて、guideRNAなんや。」と思うかもしれません。

それではCRISPRとは何なのでしょう。
CRISPRとはClustered Regularly Interspaced Palindromic Repeatsの頭文字をとったものです。直訳すると「規則的に間隔があいた回文の繰り返しの集合」という意味です。

これには細菌のウイルスに対する防御機構が関係してきます。
太古の細菌はウイルスに感染されるのから自分を守るためにウイルスのDNAがはいってきたときにそのDNAをちょん切る仕組みを獲得しました。これがCRISPR-Cas9のことなのです。
ウイルスの種類はたくさんあるので、様々なウイルスDNAのところに適切にCas9をガイドしなければなりません。そのために細菌にウイルス感染されるたびに、guideRNAを作り出し、そのデータを細菌自らのDNA上に書き込んだのです。
すると、また今度同じウイルスに感染されたときにguideRNAとCas9が働き、ウイルスのDNAを切断して、ウイルスをやっつけることができます。
このguideRNAの情報が書き込まれた領域こそが「規則的に間隔があいた回文の繰り返しの集合」ということなのです。
よくある疑問 じゃあ僕の遺伝子も編集できるの?
よくある疑問のひとつは「自分の遺伝子を編集できるか」ということです。
これは受精卵や卵子を遺伝子編集して、生まれてくる赤ちゃんとは話が違ってきます。
受精卵はもともと一個で、それが増殖して体のすべての細胞になります。
つまり受精卵の中の編集された遺伝子は、体のすべての細胞に継承されていきます。
一方で、生まれたあとの人間の遺伝子を編集するには技術的な限界があります。
なぜなら体のすべての遺伝子を編集するためには、体のすべての細胞にCRISPR-Cas9を打ち込まなければならないからです。
現段階の技術ではこれを行うのは不可能です。
ただ一方で、体の一部の細胞の遺伝子を編集することはできます。
例えば、血液細胞などはいい例でしょう。
体から血液を採ってきて、試験の中でCRISPR-Cas9を血液細胞に打ち込み、遺伝子を編集した後、輸血して再び体に戻すのです。
現段階のCRISPR-Cas9の研究では、病気になっている臓器や組織の細胞だけを狙って、病気を起こしている遺伝子を編集して治療する、というのが研究の主流となっています。
次の記事ではCRISPR-Cas9の開発者たちの間でいまだに続いている特許の泥沼争奪戦と臨床応用に対する倫理的問題について話していきます。